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兵糧丸(ひょうろうがん)

兵糧丸(ひょうろうがん) 2013/04/19 20:23

兵糧丸(ひょうろうがん)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%B5%E7%B3%A7%E4%B8%B8
兵糧丸(ひょうろうがん)とは、主に戦国時代に使われていた丸薬状の携帯保存食である。忍術流派によっては飢渇丸(きっきつがん・きっかつがん)とも表記する。
材料および製造法
主に以下のものが含まれる。
炭水化物として
晒米(水で晒した白米)
蕎麦粉
キビ粉
はったい粉
きな粉
葛粉
たんぱく質、海洋性ミネラル、動物性ビタミン類、油脂成分として
脂質及び蛋白質が豊富な穀物および豆類
鰹節およびにぼし粉などの魚粉
植物由来ミネラル、ビタミン類、食物繊維として
梅干(クエン酸)
松の実
ゴマ
地域で採れる薬草や野草・山菜・野菜を乾燥させたものや煮て干したもの
クチナシ粉末
はじかみ粉末などの栄養価の高い食品
これらの粉末またはペーストを一種類から数種類混ぜる。非常に一般的であった製法は、穀物粉に各種栄養成分の整った鰹節やにぼし粉などの魚粉を入れるものであった。
さらに添加物として以下の物を加える。
蜂蜜
甘草(糖類・矯味剤)
焼酎・日本酒・濁酒(溶出材及び栄養抽出材)
ゴマ油や菜種油等の植物油等(脂質と脂溶性ビタミンの摂取)
これらにより味を整え、つなぎとする。材料として人参も一部で使われていたが、実際にはトチバニンジン等が中心であり、デンシチニンジン、オタネニンジン類はあまり使われることはなかった。こうした配合のもとに材料を混合し、こねて小さい球状にまとめる。
兵糧丸はカロリーの摂取に重きが置かれている。携行でき、非常食になることから、軍用レーションあるいはスナックバー (菓子類)、半生タイプのダイエットクッキーの原型と見ることもできる。
派生食品と見られるもの
水渇丸(すいきつがん・すいかつがん)は、兵糧丸と共に用いる亜種食品としてあげられる。兵糧丸・水渇丸いずれも共に流派や年代、そ の土地で取れる作物によって様々に調合の仕方に違いがある。たとえば保存方法の中でも重要である乾燥法ひとつにしても含まれる栄養成分の特性を考慮して丸 薬を日干し(日光の紫外線による殺菌やビタミンD前駆体であるエルゴステロールの増加を促す)で乾燥させるか風通しのいいところで陰干し(ビタミンC・ビタミンB群・ナイアシン・葉酸などのビタミン類やポリフェノールをはじめとする栄養成分を保持して)乾燥させるのか、あるいは煙などでいぶして燻煙(殺菌)するのかといった違いである。
主な配合には以下の材料が用いられた。
梅干(クエン酸:唾液分泌促進・消毒・血液の清浄作用)
氷砂糖(唾液分泌促進及びカロリー摂取)
麦芽(糖質:唾液分泌促進及びカロリー摂取)
松の甘皮(テルペン類および松脂・消毒・血液の清浄作用および爽快味)
茶・柿の葉・桃の葉(カテキン類:消毒・血液の清浄作用)
生姜・ニホンハッカ(消毒・血液の清浄作用および爽快味、冷涼感)
こうした物質の数種粉末に以下を加える。
少量の果物の果汁
酒類(湿潤剤及びビタミン類摂取)
水渇丸はこれらを調合した丸薬状食品であり、走行時・移動時などの喉の渇きを抑えるために使われた。現代のチューイングソフトキャンディーやチューイングガムを栄養豊富にしたものにあたる。
変わり味噌玉は湯を注いで溶く、口に含んでかじるだけで時間が取れない時でも手軽に栄養摂取と食事が取れるよう開発された食品である。名称として味噌玉や変わり味噌玉、変わり玉、など呼び名は地域により様々に異なっている。
配合例には以下のような物がある。
通常の味噌玉に梅干をおにぎりのように埋めて包んだシンプルなもの。
しらす干しや干しエビ、煮干し粉や削り節といった乾物や、刻み海苔や塩蔵ワカメといった海藻などたんぱく質やミネラルに富んだ海産物を混ぜたもの。
切干大根のように、野菜・山菜・野草・薬草の乾物、野沢菜や高菜といった塩・酢漬物を刻んで包んだり混ぜたもの。これは植物性のミネラルやビタミン類を補給できた。
糒(ほしい)や籾(もみ)のまま炒ったもの、あるいは水を吸わせて菰(こも)に包み、直火で蒸し焼いた『焼米(やきごめ)』や雑穀を混ぜ込み、カロリー摂取主体の簡易の雑炊ができるようにしたもの。
卵黄や納豆、脱水して小さく切った堅豆腐あるいは高野豆腐や油揚げ、麩などを包み込みんだもの。これはたんぱく質量をより向上させていた。
シジミやアサリ、小魚などの煮しめ(佃煮や時雨煮も含む)を包んだ総合栄養的なもの。
こうした配合は陣中食とも重なる具揃えも多い。このような味噌玉は、地元で取れる食材や保存食品を利用して作られた。時にはそれらの味噌玉を、酢味噌にしたり焼酎を混ぜ込む事で日持ちするよう工夫したものもあった。これらはインスタント味噌汁の原型と見て取れることもできる。
脚色と実際
これらの携行食品は忍者達が隠密行動の際に携帯したとされる。そのためこうした食品は忍者の出てくる小説、マンガ、アニメーションによく登場するが、一粒で一日分の食料になる、または腕力が倍増するなど、誇張されている部分も少なくない。
実際には兵糧丸1 - 3粒、水渇丸は1 - 2粒ずつで一食分であり、これを一日二回ないし三回摂取する。ただし摂取数量は丸薬の大きさによる。兵糧丸の場合は地域によって丸めて団子状にする大きさ が親指大やピンポン玉位から握り飯ぐらいまでまちまちである。これは携行の便と摂りやすさを考慮し、満腹感が得られるよう工夫を加えた結果であった。親指 大のものは一日30粒ほど摂取する。
忍者達は通常、飲用水に関しては水筒を持参していた。当時の日本では汚染の少ない良質な水質の河川や井戸や湧水が多く散在しており、暴風雨や地震など水が濁るような災害時、戦闘や逃走時、また隠密行動中など、よほど緊急性や隠密性がない限りは手軽に水分を摂取できた。
彼らの着用した衣類、柿渋で染めた柿衣には除菌能力があった。柿渋色は時に桧皮色とも混同され、桧皮着(ひわだぎ)とも呼ばれた。また僧衣にも使われた墨衣は元来鉄漿で染めたものが多く、同様の効果と用途があったという説がある。水の飲用にあたり、これら衣類の布地で漉す、手ぬぐいなど目の細かい木綿布で漉してから炭を漬け置く、ほか煮沸などを施した。
こだわり|忍法帖料理 藤一水。伊賀忍者の末裔が今に忍の料理を伝えます。
http://www.fujiissui.com/hyourougan.html
fji_kodawari_title2.gif
fji_kodawari_2.jpg 兵粮丸 忍者は、10日間くらい断食できる修行は積んでいますが、あまりの長期間にわたって飲まず食わずであれば、いくら忍者でも倒れてしまいます。
そんな時のために、特製の携帯用食糧をつくって持参し、飢えや渇きをしのぎました。それが「兵粮丸」(ひょうろうがん)です。

材料は
・もち米 ・うるち米 ・蓮肉 ・山薬 ・桂心 ・ヨクイニン ・人参 ・氷砂糖
これらをすべて粉末にして水で練り、直径1cmほどに丸め、団子にして蒸したものです。材料と分量は「老談集」の文献どおりに調合しています。忍者は、この団子を1日30粒ほど食べ、栄養源にしていたと言われています。

戦国時代、伊賀の土豪だった藤林長門守保豊の子孫、藤林保武が延宝四年(1676年)著した 萬川集海(まんせんしゅうかい、ばんせんしゅうかい)とは、22巻、別巻1からなる忍術兵法書で、 筆者の藤林保武は伊賀・甲賀の境界に位置する伊賀の湯舟の生まれでしたが、 書名の通り伊賀、甲賀に伝わる忍術の諸流派をすべての川が海に集まるように集大成したといわれています。
正心(倫理)篇を第一とし、將知(指揮者の心得)篇・陽忍(謀略)篇・陰忍(潜入)篇・天時(天文・気象)篇・忍器(登器、水器、開器、火器などの忍具)篇 の合わせて六篇から成る。萬川集海はまさに伊賀、甲賀共通の忍術伝書でした。
先祖の藤林長門守保豊は、駿河の大名・今川義元に仕え駿河に在住し、諸国流浪を終え、今川への仕官がかなわなわず駿河で牢人の身のまま留まっていた山本勘助に伊賀流忍術を伝授したとされています。
勘助が著したとされる「老談集」には忍術らしきものや兵糧丸も記されていました。
私どもがお出ししている兵糧丸はこれを忠実に再現したものです。
つまり、店主の祖先が山本勘助伝えた兵糧丸を、勘助の「老談集」を通じて今に蘇らせたのです。

兵粮丸は効率よく体脂肪を燃焼させることができ、同時に生薬の配合による滋養強壮、鎮静効果、抗ストレス作用、健胃作用などの効能もあります。
氷砂糖の甘さは疲労回復にも効果があります。

他にも、飢渇丸、忍術水渇丸といったものがあったようです。
当店ではお食事の最後に兵粮丸をお出ししています。

材料を揃えて、いっぺん作ってみるかな。
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